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友の会が取り組んできた、研究会、研修会、講演会、50周年記念 の一部をご紹介します

2018年 10月21日(日)終了しました

講演会 開催 決定!

講演1 山本正嘉「高みを目指すためのトレーニング」

講演2 佐々木大輔「デナリスキー滑降&トーク」

講演3 佐々木大輔×村越真

    「デナリスキー滑降におけるリスク管理」

国立オリンピック記念青少年総合センター

レポート

講演①「高みを目指すためのトレーニング

~科学的なトレーニングを自分で実行してみよう~」  山本 正嘉氏

 

1.

はじめに

東大の大学院(体育学)を出てから、2つの体育大学で35年間、教育と研究をしてきました。今日は、ふだん体育大で学生のアスリートたちに話している4時間分の講義内容を、1時間に縮めて話します。体育大に一日入学したつもりで聴いてください。

一番言いたいことは「トレーニングに普遍的な正解は存在しない」ということです。だが、万能なトレーニングがどこかにあるはずだと信じて、あちこち探している選手も少なくありません。そして右往左往しているうちに、結局能力を伸ばすことができずに終わってしまうことが多いのです。

トレーニングの語源はトレイン(列車)です。自分が今いる現在地から、目的とする地点まで、引っ張っていくという意味です。各人の心身の能力は人によって違うし、目的とする登山によっても要求される能力は違います。したがって同じ人でも目標とする登山によって、また目ざす山が同じでもトレーニングすべきことは一人一人異なります。

「科学的なトレーニング」とよく言われますが、それは万人一律に適用できるトレーニング法があるという意味ではありません。トレーニングとはそもそも、間違うことを前提として進んでいくものです。自分の頭と体で考えて実行し、その成果や反省点を確認し、次回はさらに改善する、ということの繰り返しです。そして、それをできるだけ無駄なく行うための考え方・やり方のことを科学的と言うのです。簡単に言えば合理的ということです。

科学者や機械がなければ科学的なトレーニングができないのではありません。自分一人でもできます。また、その気になれば紙一枚があればできます。以下、具体例で説明します。登山以外の種目も出てきますが、登山ではどのように応用できるかを考えながら聴いてください。

 

2.様々なアスリートを対象とした科学的なトレーニングの例

・スポーツクライミング選手の例

私の教え子で、ユースクライミングの日本代表チームのヘッドコーチをしている西谷善子さんが、大学生選手を強化した例を紹介します。この選手はアジア大会の代表選手になったが、大会まで2ヶ月しかなく、短期間でパフォーマンスを改善することが求められました。

まず課題分析を行いました。いくつかの体力測定を行い、左手の指の筋力が弱点という現状を確認しました。また、体力測定値と登れるグレードとの相関を示した図に照らし合わせた結果、体力よりも技術力が相対的に低いと評価されました。

さらに普段の練習内容を分析したところ、長い時間をかけている割には効率の悪い登り方をしていました。そこで、インターバルトレーニング形式で筋や心肺に高い負荷をかけつつ、技術面の改善も同時に図れるような練習を工夫しました。その結果、2カ月後には登れるグレードが5.11cから5.12dに上がりました。2ヶ月でこのように急速に進歩した例は少ないでしょう。

このような考え方・やり方は、他のスポーツではすでに当たり前のように行われています。登山界やクライミング界でも導入すれば、もっとレベルを上げられるでしょう。西谷さんが最近監修したクライミングの本のカバーには「大切なのは筋力ではなく考える力」と書いてありますが、まさにそこが大切だと思います。

 

・自転車競技選手の例

ロードレースでなかなか勝てなかった選手に、練習や試合時の心拍数を記録するようにアドバイスしました。すると、試合では170~180拍で運動しているのに、練習はそれよりもずっと低いレベルでしか行っていないことに気づきました。そこで高強度の練習を意図して草レースに積極的に出場した結果、インカレで優勝することができました。上位選手であっても、経験や勘だけに頼っていると盲点が生じます。思ったような成果が出ない時には、現状を可視化してみると解決の糸口がつかめることが多いという例です。

 

・ウインドサーフィン選手の例

広い海上に散らばってレースをするので、成績のよい選手がどんな戦術をとっているのかがよくわかりません。そこで各選手の艇にGPSを搭載して航跡を記録し、毎日、自分の良かったところと悪かったところを振り返らせました。このような机上での戦術トレーニングを行った結果、わずか3週間で全員が無駄な航跡を30%ほど減らすことができました。コーチがいなくても、現状を可視化し、選手が自分で頭を使ってよりよい方向性を考えることで、パフォーマンスは大きく改善するという例です。

 

・バレーボール選手の例

スパイクジャンプに求められる技術要素を6つに分割し、各選手のそれぞれのレベルを指導者の主観で数値評価し、各選手に提示しました。そして自分の弱点と考えられる部分を改善するための取り組みを1週間行わせました。その結果、ジャンプ高が10センチ以上改善した選手もいました。「あなたの現状はこうですよ」と可視化した情報を伝え、あとは自分で考え、取り組ませるだけでも改善するのです。「このようなトレーニングをしなさい」というよりもずっと選手のためになります。逆に言えば、選手が「どんなトレーニングをしたらいいのか?」と、他の人に聞くようではだめなのです。

 

・長距離走選手の例

日々のトレーニングをしていて感じる、身体的・精神的な疲労感、膝や腰の痛みの程度を毎日数値化して記録し、それを参考にコーチが日々のトレーニングメニューを微調整することを1ヶ月続けた結果、選手はベスト記録を出すことができました。科学者からは、疲労感や痛みといった主観を数値化することに妥当性があるのか、と言われるでしょう。しかし主観データでも、その変動傾向から有益な情報を読み取って工夫した結果、よい成績が出たのであれば、現場はそれで十分なのです。この例では、紙一枚で成果が得られていることにも注目して頂きたいと思います。

また、私の考えでは、このような手法は十分に科学「的」なのです。科学とは、①記述、②説明、③予測、④操作、という4つの段階を踏んで真理に近づこうとする方法論です。ここまでに紹介してきた例は全て、そのような手順に従っています。しかも、それを選手自身が実行しているケースも多いことがわかるでしょう。科学的なトレーニングというと、立派な施設や精密な測定機器があって、選手は科学者の指示に従って行うものと連想しがちですが、科学的ということの本質はそういうものではないと言いたいのです。

 

・体重減量の例

これは私自身が減量した時の例です。ご飯は朝と昼に150gずつとし、夜は炭水化物をとらないというルールで生活し、毎日の体重を記録していくことで、1年間で10kg近く減量できました。日々の体重のグラフを作ってみると、1週間程度の短期間では何もわかりません。だがそれを1カ月以上続けていると、変化の傾向が見えてきます。そして自分の身体をよい方向に変化させるために、いま何をすべきかもわかってきます。科学的なトレーニングというのは、まずは地道なデータの積み上げが必須ですが、積み上げができてくると未来を予測するための強力なツールになるのです。

 

・三浦雄一郎さんの例

69歳時から毎年のように、筋力や最大酸素摂取量などを測定してデータを蓄積してきました。80歳でのエベレスト登山時にはそれが役に立ちました。80歳時の三浦さんは、筋力は強いが心肺能力はかなり低い状態でした。登山の特性上、一歩一歩に要求される筋力はどうやっても軽減できませんが、ゆっくり歩けば心肺への負担は小さくできます。そこで、非常にゆっくり歩くという戦術を実行した結果、成功しました。また、70歳時や75歳時の体力データと比べることで、「あのときと比べて今はこれくらいの体力だ」と、自分の現状を第三者的な視点で把握でき、心の準備ができる点でも有利です。実際、三浦さんは「80歳の時が一番楽に登ることができた」と言っていました。

 

・「科学的」の本当の意味とは

ここまでの話をまとめてみます。科学者が正解を教えてくれると思い込んでいては時間を無駄にしてしまうでしょう。自分でデータの積み重ねを実行し、自分で答えを探していくことが重要です。トレーニングの教科書には、科学的に根拠が示された方法が載っていますが、それは平均値の話であって、個人の特性は排除されています。レベルの高い登山を目指すのであれば、個別性の部分が重要になります。そしてその部分については、自分で集めたデータでなければ予測には使えません。

なお、データというのは、機械で測られる数値だけを指すのではありません。記号・写真・映像・言葉など何でも活用できるし、主観も大切な情報となります。これらをデータとして可視化することで、今までとは違った視点を持つことができ、考えることの幅が広がります。そして、そのようなデータを蓄積することで、初めて科学の方法論が役に立ってくるのです。

 

3.現代のアスリートにとってのキーワード

ここからは少し話を変えて、現代のアスリートがトレーニングの際に重視している考え方をいくつか紹介します。「運動の質と量の最適な組み合わせ」「補助トレーニングの工夫」「高強度運動の重要性」「期分け」「PDCAサイクル」などです。

市民ランナーの月間走行距離とマラソンタイムとの関係を調べると、月間走行距離が300kmくらいまでは走行距離が増えるにつれて記録はよくなります。だがそれ以上走り込んでも、記録は3時間半くらいのところで頭打ちになってしまいます。このようなプラトー状態になったら、量ではなく質を高める必要があります。単純に量を増やすだけでは故障したり、精神的に燃え尽きたりしてしまうからです。ランナーであれば走スピード(運動強度)を様々に変えて、それを上手に組み立てることが必要です。

登山の場合には、山での運動を専門トレーニング、下界での運動を補助トレーニングと位置づけ、両者をうまく組み合わせることが必要です。山では、山でしか向上させることのできない技術や、長時間の耐久力などの改善を意識します。下界では運動時間が1~2時間程度と短いので、登山中にはできないこと、つまり全力で行うことや、登山をしていて感じる体力の弱点をピンポイントで強化することを意識するのです。

期分けとは、1年間に1~2回、心身のピークを作るために、何ヶ月もかけてトレーニングの質を高めていくことです。他のスポーツ種目では当たり前のように行われていますが、登山界ではまだ浸透していません。スティーブ・ハウスの本にはアルパインクライマーの期分けの手法が記されています。期分けがうまく機能しているかは、定期的に体力測定を行って確認します。たとえばハウスの本では、20kgの荷物で1000フィートの標高差を全力で登り、そのタイムで登山用の持久力を評価しています。

高強度のトレーニングが最近では再評価されています。私の東大山岳部時代をふりかえると、下界のトレーニングは何でも全力でやっていました。山での合宿も疲労困憊までやることが多くありました。このようなやり方は根性主義と呼ばれ、原始的で不合理な方法と思われてきましたが、最近ではレベルの高いアスリートではむしろこのようなやり方をしないと能力は向上しないという研究も出てきています。

 

4.おわりに

学校のテストには正解がありますが、社会に出たら正解はありません。これと同じように、各人が高度なレベルで登山やクライミングを行おうとする場合、トレーニングに正解はないと考えるべきです。人に言われてやっているようでは意味がないし、効果も小さいでしょう。ましてや自分自身の身体の問題です。自ら考え、実行し、その反省を元にさらに改善を考えることに価値があります。

ついでですが、このことは一般的な登山、たとえば中高年の安全登山を考える場合にも、全く同じように当てはまると言いたいのです。増え続ける登山事故を減らすためには、他の人に答えを求めるのではなく、一人一人の登山者が自分で考え、実行することが鍵になるのです。

その際に強力な手段となるのがPDCAサイクルです。宿題として「四行日記」を紹介します。日々の体験を元に、事実→発見→教訓→宣言と記録を積み重ねていくもので、要はPDCAサイクルと同じです。やってみていただけたらと思います。

 

参考文献

本講演の内容のうち、登山に関することは1と2、他のスポーツに関することは3に記載されているので参照してください。

1.山本正嘉:登山の運動生理学とトレーニング学.東京新聞,2016.(4章,6章など)

2.山本正嘉:シヴリン隊,K7隊はなぜ成立できたのか.登山研修,29: 69-81, 2014.

3.福永哲夫・山本正嘉編著:体育・スポーツ分野における実践研究の考え方と論文の書き方.市村出版,2018.(1部-2)

 

講演②「デナリスキー滑降 映像&トーク」

佐々木大輔氏 要旨

 

今回はリスク管理や作戦の面を中心に話したい。まず、カシンリッジを登攀後南西壁滑降した時のNHK番組で放映された映像を少し御覧いただく。(20分間視聴)

札幌に生まれ、3歳くらいからスキーを始めた。楽しく毎日スキーしたが自己流だった。親は自然が好きだった。小学校の頃、1年かけて家族で家を建てた。その頃に植村直己の本を読んでワクワクした。中学生の時、国際山岳ガイドの宮下さんに出会い、岩登り、アイスクライミング、沢登りを始めた。大学よりもガイドの道に進もうと考え、夏は宮下さんのガイド会社、冬は三浦雄一郎さんのスキースクールで働いた。三浦雄一郎さんの元で、力強いスキーヤーを目指して毎日滑ったことが今に繋がっている。23歳の時に仲間だけでマッキンリー(2015年までの名称。以後はデナリ)を登りに行った。この時、自分達だけでも力を合わせれば海外の山に行けると感じ、その後は毎年のように海外の山を滑りに行った。グリーンランドなど海外の山へ挑戦すると同時にエクストリームスキーの大会に10年くらいの間参戦していた。様々なコンディションで行われ、一歩間違うと事故が起きる競技で、自分がそこを滑れるのかどうかの判断を迫られた。気分が乗らずうまくいかなかったり、集中しすぎて空回りすることも経験した。そうした中で状況を冷静に見極める力がついたと思っている。20代は自分のスキーの限界を追求する活動であったと言う感覚である。3年間、自分のスキーシーンをプロに撮影してもらい、スポンサーに提供して活動費をいただいたりしていた。その時は、基本的には尾根上を行き、小さな雪崩に足を取られないようにする、広い斜面は横へと滑っていく(スラフマネージメント)などのリスクマネジメントを行っていた。

スキーそのものの追及は行けるところまで行ったという実感を持つに至り、30代になってガイド業にシフトした。NHKからのオファーで利尻岳を滑った。仲間の新井場とカメラマンの平出さん、他色々な場所にカメラマンを配置するので総勢15名で山に入った。それまでの海外遠征等は少人数であったが、この時に大勢で目標を達成する面白さを味わった。その後もクライム アンド ライドを続け、スキーを持って利尻西壁からローソク岩の頂上に登るなどした。その中で、デナリを滑ろうと思い立った。デナリで滑るならカシンリッジから登って、記録のない南西壁を滑降しようと思い、計画を錬った。滑降予定のラインにはチキンクーロアールという難所があるので、2016年に偵察に行った。山に行くなら楽しいメンバーと行きたいと思い、20代後半頃に夢を語り合っていた仲間である新井場と狩野に声をかけた。ただ滑るだけでなくNHKの番組作りも兼ねたので、滑降ラインに配置する4名のカメラマン、安全管理のガイドとその荷物を運ぶポーター役の人たちが必要で、また16人の大きなチームになった。人選に関しては、ただ気が合うと言うことだけではなく、厳格な安全管理ができる人を入れ、チーム全体の安全確保を考えた。荷物はとても多く、キャンプへの荷揚げは、ソリに30KG、ザック20KGくらいの荷物で3往復くらいした。キャンプでは毎日大量の雪を溶かして、50Lの水を作らなければならない大所帯であった。 

 メディカルキャンプに中継基地を作り、役割によってはここに1ヶ月滞在していた人もあり、これは精神的に辛かったようだ。高度順応のために上部でテントを張った時は安全管理の先輩から吹きさらしでテントを張ってはダメだと注意されたが、天候が安定しているから眺めの良いところで泊まりたいと主張したりと、意見が衝突することもあった。このようにストレスがたまるので、天気の良いときは全員で食事をとって気を晴らした。

デナリでは氷化した部分が多いため日本では氷をあえて滑りにいくというトレーニングをした。3泊4日の予定だったが実際には4泊になった。食料は最後少なくなったが、アルパインクライマーに比較すれば多めに持っていたので余裕はあった。OS1など多種類の飲料を持参し水分を多く取れるようにしたので、パフォーマンスはよかった。

1週間雨が続き、雪崩が頻発したのでやり過ごしてから取りついた。この停滞で、アタックの時は運動不足を感じた。自分が全てリードするのでザック10KG+スキー3KG、他のメンバーはフォローなのでザック20KG+スキー3KGだった。日本でも同じような状況を想定したトレーニングを行ってきたので突っ込むことができた。当初、3人と撮影隊(平出さん、加藤さん)は別パーティーで行動する予定だったが、途中から5名一緒に動くことにした。C3でそれまで安全には特に注意深く行動していた平出さんが、雪崩を受ける危険がある岩の上にテントを張ろうとして加藤さんと口論になった。後で聞くと平出さんもストレスがたまり加藤さんと喧嘩したくなっていたということだったが、流石に自分で気づいてテントの場所を移動していた。新井場は体力もスキーも一番弱いが、ユーモアがあるので今回のメンバーに選んだ。C3でもサプライズでスルメイカを出してみんなが和むというシーンがあった。滑降中の新井場の怪我は、下部で雪崩があったという撮影隊からの事前情報が、無線機の配置の兼ね合いでうまく伝わっておらず、雪崩で氷が露出した斜面に突っ込んでしまって転倒したものだった。ただ、虫の知らせか、新井場がそのときに限ってストックにピッケルをくくりつけてからスタートしていたので滑落を止めることができた。

一度は新井場に付き添って下降するために滑降を諦めたが、新井場に、自力で下りられるから滑ってくれと言われて思い直した。

滑降の日はレンジャーとヤマテンの天気が崩れるという予報はあったものの、自分の感覚で翌日も良いのではと考えて滑降を決めたが、これがあたり良い天気となった。

今回危なかった点は2点あった。一つ目は滑降すべき尾根から外れたこと、二つ目は雪崩が起きたことだった。尾根から外れた時はクレバスを2つ越えた時におかしいと思い始め、反射的に止まった。考えるよりも先に体が動くようにと18歳から考えてやってきたトレーニングが生きていると感じた。雪崩については、尾根を滑降するときには、下部を確認するために少し斜面側にルートをとるのが普通だが、今回は安全側の尾根上に近いルートを取った。ギリギリ足元から雪崩れたので巻き込まれずに済んだが、ルートがずれていたら流されていた。

今回のデナリ遠征の目標は、カシンリッジを登って南西壁を滑降するということだったが、みんなで楽しい経験をしたいと思っていたので、最終的には新井場の怪我があったものの、みんなで笑えてよかったと思っている。最後にベースキャンプで撮った集合写真は皆笑顔に見える。しかし、ただ1人だけ笑っていない人がいる。それは平出さんだが、後に聞いたところ、頂上についた時点で自分の役目は終わったと思い、この写真撮影の時点ではすでに自身が次に挑戦するシスパーレの緊張で頭がいっぱいになっていたということだった。そういった集中力を僕は尊敬している。

 

ディスカッション③「デナリスキー滑降におけるリスク管理」佐々木大輔氏・村越真先生

 

村越(以下M):冒険とリスクマネジメントは一般的には対極にあるようにイメージされます。一方で冒険家も死ぬために行っているのではない。そこにあるリスクに対して何らかの対応をすることが求められているはず。その意味では冒険こそがリスクマネジメントだと思います。

佐々木(以下S):冒険はリスクマネジメントがなければできません。

M:では、冒険と一般的なイメージのリスクマネジメントはどこが違うか?一般的には事前にリスクマネジメントすることをオフサイトのリスクマネジメントと呼んでいる。対して現場で行うものを(より現場の情報が得られる)オンサイトのリスクマネジメントと呼んでいる。冒険でのリスクマネジメントについはオンサイトが中心になるかと思うが、3つお尋ねします。

  1. 佐々木さんはオフサイトとオンサイトのリスクマネジメントをどう行っているのですか。

②リスクには現場に持ち込んでいいリスクとそうでないリスクがあります。過大に持ち込めば命が危ない、過小に持ち込むなら冒険にならない。佐々木さんも、現場に持ち込んでもいいリスクを持ち込んでいると思うがどうしているのですか

③講演では佐々木さんからはオンサイトのリスクマネジメントを多く話してもらいましたが、当然オフサイトで持ち込めないリスクをマネジメントしているはずです。どのようなリスクマネジメントがあったのですか

 

S:実際にはオンサイトの判断が多すぎて、オフサイトで考えていたのが遙か前のことのように感じる。結局のところ、全ては行ってみないとわからなかったという印象だった。その時のコンディション次第でした。

M:冒険家はオフサイトのリスクマネージメントをしているはずです。冒険家本人に聞くと、例えば山野井さんなどはそれはつまらないから嫌いだと言う。それでもやっていると思う。佐々木さんの今回はどうでしたか?

S:2500mの標高差があるので、自分の経験からは想定できないものがある。例えば、日射を受けて雪崩れる部分などあり、経験したことのないコンディションがある。オフサイトでは考えていたが、オンサイトで気づかされることが多くあった。一番気にしていたのは最後の斜面で、日射を受けて溶けたあとに凍る場所だった。光があたり始めて1時間は凍っているので14時くらいに滑らないとチャンスはないだろうとオフサイトで考えました。

M:下の方の溶け方がオフサイトで考えたものと違ったと言うことであったが、予測にはある程度の幅を持っていたと思うが実際どうでしたか。

S:最後の部分は想定どおり、道を間違えたあとの雪崩は想定外だった。イメージすべき距離が長すぎて、直近のことに関しては想像できたが、先のことは想像しきれず滑り出しました。

M:それは、現場で対応して行けると言う読みですか?

S:自分の経験で乗り切れると思って行きました。

M:新井場さんの滑落した青氷の部分ですが、佐々木さんは事前に撮影隊からの情報があったので慎重に入ったと言うことでしたが、もしも情報がなかったとしたらどうだったでしょうか。

S:実はこの前年も滑っていて、そう言う可能性がある場所だと思って想定していた。加えて今回は撮影チームからも情報があったので、試しにその斜面に入ったがすぐルートを変えた。新井場はそれをみて当然わかっているだろうと思ったが無線器を持っていなかったので言葉では伝えられず、わからなかったようです。

M:佐々木さんは止まるときにゆるゆると入っていく感じでしたが、わかっていたのですか。

S:段差があって、キラキラ光って、凍っていることがわかりました。

M:新井場さんがそれを想定できなかったのはどうしてですか?

S:経験がなかったこと、体力がないので集中力が欠けていたことで予測ができていなかったのだと思います。

M:佐々木さんは南極観測隊に関わっていましたが、隕石を探しに行く仕事では、サポート隊員でありながらその隕石を一番多くみつけたと聞いています。それは何故なのかと考えてみて、佐々木さんはスキーをする中で、斜面をよくみてきたからではないかと思ったのですがいかがですか。

S:それはあると思います。よく観察する事が重要で、斜面の変化をよくみている。それは皆さんとは相当違うと思いますね。

M:観察力はどこで養われたのでしょう。

S:一番大きいのはエクストリームスキーの大会だと思います。

M:私もオリエンテーリングの大会の中で地図、地形に対する観察眼が養われたと思います。一般的なアウトドアの活動は命が関わるリスクがあると思うが、大会ではそれがコントロールされている分、観察力が養われると考えられますか?

S:それはちょっとないかなと思います。大会として括られているけれど、安全は担保されていない。そういう場所だったからだと思います。熊を見つけるのは早いんですが、夏であれば、パッとみたときに何か違うと感じる。スキーでは、すごいスピードの中ですぐみつけないと命に関わる。

M:オリエンテーリングでは地形を見ることが大事で、空の見え具合から地形を想像することもある。それは明らかに他の人よりは早いな、と自分では思っている。そう言う意味では佐々木さんの観察力を獲得したプロセスと似てるのかと思います。

S:それは積み重ねが似てると思います。

M:後輩を育てる時に、そうした見方を伝えることはありますか。

S:うーん、なかなかないですが、登山研修所ではよく観察しろと言いはしますが、見方そのものを伝えるのは難しいと思いますね。

M:なるほど、そう言うものが伝えられるといいなと思いますね…。映像ではゆっくり滑っているところが多いですが、今回は意識していましたか。

S:絶対に転べないのでゆっくり滑ります。雪質がすごく変化する、体が疲れている、荷物も重い、酸素も薄いと言う中で、あれは限界のスピードですね。

M:映像では、ぎこちない滑りにさえみえましたが。

S:滑りだけを優先するのであれば、カシンリッジを登らずに太い板で滑ったと思います。でも今回はクライム アンド ライド での挑戦だったので、登攀時の負担も考え、軽く細い板だったということもある。

M:板を変えればスピードも出せたということですね。

S:板では面白い話があります。2012年の利尻では太くて長い、太くて短い、細くて中ぐらいと言う3本を持って行った。その時はコンディションがよく、滑れると思ったので、太くて長い板を使った。デナリではそれはできなかったので、細い板になった。

M:具体的には現場で何が見えますか?

S:まず雪質、滑りながら感じとります。そこでラインを決める。

滑降の少し前のオフサイトで、想定して、感じてラインを決めます。

M:オフサイトで幅があって、リスクが高ければこう言う選択をするし、実際はこうする、と言う感じですね。

雪崩の巣があると言っていましたが、実際はどうでしたか。

S:そこよりも、滑って見ると、出だしが怖かった。と言うのは滑っているとどんどん積雪が増えてきたのです。増えてきたら、すぐ岩の方に逃げるようにしていました。

M:それは想定していましたか?

S:想定はしていませんでした。範囲が広すぎて想定できていなかった。

M:逃げ込む場所は想定していましたか?

S:ある程度は想定していたが、行ってみないと判断はできなかったですね。

あまりに緊張しすぎると、緊張しすぎて間違えると言うこともある。例えば、尾根を外れたときも、気をつけていたのに、判断できなかった。

M:その場で体が反応したということですか。

S:あれは尾根に見えてしまって、その先には雪庇がある、と言う感覚の方が大きすぎてそれにひきづられた。現場では見えないところに突っ込んでいかねばならないので難しい。

M:オフサイトが逆に判断を鈍くさせたと言う面もある。

S:オフサイトで考えていたスケールよりも大きかった。実際に滑り出すと、現場では違うことが多くあった。また、全てにおいて集中しきれないところはあったと思います。

M:尾根を間違えたところでは、途中で引き返しましたね。

S:クレバスを超えたときにおかしいな、と思い、反射的に止まることができた。クレバスがなければスピードをあげて滑っていたかもしれない。

2日目は間違えるまでは足跡があったので追って滑っていますね。

間違えてから先は斜度があり、雪崩の危険もあったので、緊張した。雪崩に巻き込まれないためには尾根上にルートを取る方がいいが、雪庇があったので、撮影隊に、どの程度の大きさの雪庇か確認しながらルートを選んだ。

M:撮影班がいなかったら?

S:相当大きな雪庇だろうと想定して滑ったと思います。

M:そう言う意味では撮影班の役割は大きい。

S:そうですね。下部では、カミソリの上にいるようで、二分の一の可能性で帰れない可能性があるな、と思っていた。ただ、ここで勝負したいと覚悟を決めた部分はあります。だから、死を覚悟して突っ込んで行った。それは初めてだし、2度とやりたくないと思っています。

M:植村さんの「生きて帰ってくること」がテレビの映像でもありますが。佐々木さんもそう思っていた?

S:あれは番組で勝手に。

M:このエッジの上にとどまれる確信があったと?

S:確信というか、試してみたくなったという感じです。昔の侍が決闘するとか、覚悟を決めるという感じでしたね。想像は多少していたけど、こんなにシビアなのか、というところはありました。

M:何を持ってシビア?

S:足元がどう考えても雪崩れる可能性がすごく高い、それを避けようとすると雪庇がある。そういう気持ちにはなりたくないですね。実際にその場に自分が入ってみると想像以上にシビアだった。実はクレバスに落ちて九死に一生を得た経験があった。うわ、またその状況だと思った。今登り返せば帰れる。でも、賭けようと思いました。

M:その場では覚悟を決めてやるのでしょうけれど、後からやるべきではなかったと思うことがあるかと思うけれど。振り返ってどうですか。

S:振り返ってもどうするかはわからない。究極の選択です。あの時は「このまま行くと死ぬかもしれないがいいか」「やります」と相棒と話した。挑戦したいなという気持ちが優ったのだと思う。

M:過去の経験から乗り切れるんじゃないか、と。

S:そうですね。

M:バイアスかかっていたとしても、行けると思っていた?

S:それはないです。

M:自分のスキルで乗り切れるものがある、それでも自然が敵対的であれば太刀打ちできないという感じですか?

S:自分の未体験の領域を見てみたくて、自分のレベルよりも上に突っ込んで行った感じですね。

M:番組の中で奥さんが「危ないことしにくい訳じゃないから」といってましたね。奥さんが聞いたら2度といかせてくれないですか?

S:本人も行く気がないので大丈夫です。

M:今はそう言っていますが(笑)。そういう感じで取り組まれているんだなあと改めて思いました。例えば竹内さんの本とかみても、無謀に突っ込んで行くことはない、とか海外のクライマーが、コントロールできないことはやらない、というけれど、今回はコントロールはどうだった?

S:今回は雪の状況など、不確定なところに入って行った。コントロールはできていないです。

M:今回はそういう意味では、チャレンジされたということがわかったのは楽しかった。

S:あまりこういうことを話したことはなかったので楽しかったです。

M:私は研究者なので、どこまで引き出せるか、緊張感を持って臨みましたが、どうにか下まで降りてこれたかと思い、ほっとしています。

S:ベースには山を楽しんできて、その経験を持ってこういうチャレンジがあります。ここで切り抜けられたので、また末長く山を楽しみたいなあと思っています。危ない目にあった時は、立ち止まっていただければと思います。

現代アルピニズムの先駆者 終了しました
外道クライマー宮城公博 ×クライム&ライド佐々木大輔の講演会
定員:80 名(予約不要、先着順、無料)
大阪府社会福祉会館 403 号室
10 月 30 日(日)13:00~16:00
(12:30 より入場可)
 

国立登山研修所友の会 平成28年度総会の開催ご案内

 
会員の皆様におかれましては、御健勝のことと存じます。
 標記総会・研究会を下記のとおり開催することとなりましたので、ご案内いたします。
ついては出欠の可否を同封の葉書にご記入のうえ10月15日必着にてお知らせください。
また、はがきの登山研修VOL31に関するアンケートの回答欄にもご記入くださるよう、あわせてお願いいたします。

期 日 平成28年10月30日(日)
場 所 大阪府社会福祉会館 大阪市中央区谷町7-4-15  TEL: 06-6762-5680
(地下鉄谷町線・長堀鶴見緑地線「谷町六丁目」駅4番出口谷町筋を南に250m)
    
受   付 10:40~11:00  総   会 11:00~11:30
研 究 会     
講 演13:00~14:00
「ビッグマウンテンスキーとクライミングの融合」山岳ガイド   佐々木 大輔 氏
DVD販売・サイン会14:00~14:30

講 演14:40~15:40 
「現代アルパインクライミング考」(仮) アルパインクライマー  宮城 公博 氏
     書籍販売・サイン会15:40~16:00
     ※時間設定、内容等は、当日変更する場合がありますので、予めご承知おきください。

懇親会 16:30~18:30  会場 興隆園(総会会場至近)会費 4,000円(税込)

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